鳥語花香録

Umiyuri Katsuyama's weblog

とりひき

  とりひき  勝山海百合

 小学一年生の時、顔見知りの女の人について行って、アパートの一室から一週間出してもらえなかったことがあった。(お芋が食べたいなあ)と思いながら日に焼けた畳に横になっていたのを覚えている。丈の足りないカーテンから西日が差して部屋は赤っぽい。お芋、蒸かして粗塩がふってあって、学校から帰ると茶の間のちゃぶ台にいつもあったおやつ。祖母と二人暮らしだったからケーキは特別な日のご馳走だけど、もうケーキはいや、お芋が食べたい……そのことだけを考えていた。

 祖母が行商の魚屋さんと話している隙に、私は女の人と外に出た。好きなだけケーキを食べさせてあげると言われたから。でも、女の人に手を引かれて麦畑の間を走って駅に行くまでの間に、もう後悔していた。おばあちゃんに行ってきますも言っていない……
 イチゴのショートケーキの入った箱が積まれて一週間。クリームがぐずぐずになってイチゴに緑の黴が生えてきた。これしかないから食べろと女の人は言う。無理に食べさせられ、苦くて吐いたら叩かれて、吐いたものも口に入れられた。今夜帰ってくるまでに食べ終わっていないと山に埋めると言われたけれど、食べきれそうもなかった。

 夜が迫っていた。畳に横になってしくしく泣きながら、走って帰ることを想像した。祖母は裏の畑にいる。ただいまと叫んで家に駆け込み、蝿帳をとってお芋を食べ始める。薬缶の麦茶をコップに注いで……と思ったところでドアが開いて助けられた。あとで知ったことだが、祖母がこの場所を調べて欲しいと懇願し、発見・保護されたのだそうだ。
「神様に、寿命を一年差し上げますってお願いして教えてもらったんだ」
 冗談めかしていつか祖母が言っていた。その一年があれば、ちょうど一年前に眠るように他界した祖母に、今日の花嫁姿を見せることが出来たかしらと思う。
「おばあちゃん。行ってきます」

 
 ポプラ社のwebマガジン、ポプラビーチ掲載。