鳥語花香録

Umiyuri Katsuyama's weblog

The Empty Mirror / うつろ鏡

  うつろ鏡 Toshiya Kamei 勝山海百合訳
 
「ハニー、帰ったよ」歌うような調子で声をかけるが返事がない。
 犬が飛ぶようにエントランスに走ってくる。彼の息は荒く、舌がはみ出して垂れている。はしゃいで膝に飛びつく代わりに、唸り、牙をむき出す。
「なにかあったの?」妻が階段を下りてくる。「もう! だれもいないじゃない」追い払う前に犬をぎゅっと抱きしめる。彼女はあなたがそこにいないかのようにそばを通り過ぎていく。
「おーい、スージー、僕はここだよ」声を張り上げ、激しく腕を振って見せる。
 わかったよ、今日のところは君の勝ちだ。
 あなたは閉まったバスルームのドアをすーっと通り抜け、鏡の前に立つが姿は映らない。


原文 "The Empty Mirror"は『Home: An anthology of dark microfiction (Hundred Word Horror) 』(English Edition)所収。(カメイさんの許可を得て公開)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B08V881428