鳥語花香録

Umiyuri Katsuyama's weblog

山の王

  山の王  勝山海百合

 あれに銃口を向けたのは、山に入る前にナオにあれの毛皮をねだられたからだ。
(獲ってきたら、あんたと所帯を持ってもいいよ)
 犬を連れ、銃弾と食料を持って雪の山に入ると、面白いように獲物が目の前に現れた。猟の成果は充分で、もう里に戻っても良かったが、幸い食料もまだ残っている。あれ……凍った海を渡って遠い国から来たと言われる白い獣を狙ってもいいような気がした。もし山で遭ってもけして見つめたり撃ったりしてはならぬと言われている山の王を。山の神は目に見えないが、山の王はたまに人目に触れる。その体が朝日を浴びた新雪のように白く輝く毛で覆われていることを、山に入る者は誰もが知っている。一日粘って見なかったら山を下りて、ナオには銀狐をやればいい。そう思いながら犬と尾根沿いを歩いていると、木立の向こうに白い影が覗いた。狐や狼にしては大きいし、鹿にしては首が短く、似た獣は見たことがない。距離からいっても当たりそうもなかったが、俺は撃っても当たらなかったとナオに言い訳するために一度だけ引き金を引いた。弾は届かなかったが、銃声に慣れているはずの犬が横っ飛びに飛んで逃げた。
 その晩は洞穴で休み、翌朝里に戻ることにしたのだが、朝になると猛烈な吹雪で出られなかった。吹雪は幾日も幾日も続き、糒(ほしいい)や炒り豆を囓り雪を食べて過ごしたが、ついに食糧が尽きた。思い切って外に出ると雪は止み、それどころかすっかり春だった。何度もつまずきながら里に戻ると、田にはれんげが咲いている。畑仕事をしていた女が俺を見つけて走ってきた。やや様子が変わっていたが、ナオだった。
「あんた、五年もどうしてたの?」
 小さな子どもがナオの腰にしがみつきながら、おっ母、このおじさん誰やと尋ねる。
「あんたの葬式は一昨年したんだよ」
「ナオ。お前が欲しがってた白い毛皮――」
「毛皮? いったいなんの話?」