鳥語花香録

Umiyuri Katsuyama's weblog

突然ノックの音が

エトガル・ケレットの『突然ノックの音が』(母袋夏生訳、新潮クレスト・ブックス)出版記念として早稲田大学で開催されたエトガル・ケレットと円城塔の公開講義を聴きに行った。ケレットはイスラエル人作家で、本書は短編集。高潔とは言い難かったり、小心だったりする、どこにでもいそうな登場人物たちが自分の掘った穴に落ちたり、反省したり、なすすべもなく台所で夜を明かしている。
ケレットが作った短い映画が自己紹介的に上映されたが、ケレットの短編の雰囲気そのままで、小さな驚きと笑いがあった。手短に紹介すれば、驢馬とバナナと男たちの映画。

(講義のあと、ケレットさんにサインをしてもらった。「お願いします」と御本を渡したらイラストも描いてくださった。)

ラヴィ・ティドハーの『完璧な夏の日』(創元SF文庫)、ケレットと続けてイスラエル出身の作家の書いたものを読んだ。ジャンルも長さも違うし、ティドハーは英語で書き、ケレットはヘブライ語で書いているのでひとくちにイスラエル出身とくくるのも乱暴だとは思うが、スマートで皮肉が効いていて、情愛を有り難いと思いながら疎ましく感じることを正直に語ったり、悪口を言うときには自分も一緒に切られて血を流すところとかが、イスラエル的なのかと思った。
『完璧な夏の日』は、アメリカンコミックスに登場するような超人――変化によって特殊な能力を獲得した人間たちが活躍した歴史をもつものの、われわれの現代と同じ現代に辿り着いた世界を描く。重厚なスパイ小説の雰囲気の中に、実在の政治家や科学者と並んで何食わぬ顔で異能超人がいることの不思議な調和。
虐殺と謀略の世紀に、草の匂いが漂う明るい夏の日が僅かに、しかし強く差す。

突然ノックの音が (新潮クレスト・ブックス)

突然ノックの音が (新潮クレスト・ブックス)