鳥語花香録

Umiyuri Katsuyama's weblog

書家の息子 

書家の息子
 勝山海百合

 知り合いに書家の息子がいる。さらっと書いたメモの字が上手くて驚いて、父親が書家で物心がつくまえから筆に親しんでいたと知った。書道とは離れた仕事に就いていて、ゲームとSF映画が好きなこの中年男性とは趣味の繋がりで知り合った。それはともかく、どうして書の道に進まなかったのかと不躾に尋ねたことがある。
毎日新聞社主催の、高校生の国際書道コンクール、いわゆる『書の甲子園』に親父が審査員やから挑戦出来んかったからかな。やる気失せたわーってなってしもて」
 という人からから聞いた話。
 父親が七十歳をまえに病を得て入退院を繰り返していたある日、病院に見舞いに行くと病室の小さなテレビは高校生が音楽に合わせて書道をする、書道パフォーマンスを映していた。イヤホンを付けて見ていた父親は息子に気が付くと、ふんと言って耳からイヤホンを外し、「この曲の題はなんだ」と聞いた。息子がイヤホンから漏れる音と画面の情報を総合して「恋するフォーチュンクッキー」だと教えると、父親は黙って頷き、いつのまにかスマートフォンにダウンロードしていた。
 父親の死後、友人からメールで「キレッキレの動きをする書道のおっさん」とyoutubeのリンクが送られてきたので見てみたら、万博記念公園太陽の塔を背景に「恋するフォーチュンクッキー」に合わせて箒みたいな大筆を振るう父親の姿があった。メールも動画も夢の中の出来事なのだけれど、袴に襷掛けで「熊耳【ゆうじ】」と大書した父親を見たら、在りし日の面影がありありと胸に迫って泣けてしまい、目が覚めてからひどく寂しい気持ちになったそうだ。晩年の父親は禅に傾倒していたので、達磨大師の墓がある中国の熊耳山だと察し、いつかお参りに行こうと思った……のだけれど、ほどなくして熊耳は父親の隠し子の名前だったことがわかり、財産分与で一悶着と相成ったそうだ。〈了〉

*二〇一六年十一月に、第二回大阪てのひら怪談の募集に応じたもの。