小梅さんのかんざし 勝山海百合
お部屋にご案内します。こちらです。
飾り戸の中のかんざし?……ああ、それですか。孔雀石です。昔、まだ鉱山(ヤマ)から銅や亜鉛が採れていたときに一緒に出たんです。絵の具にしたり、磨いて根付けや帯留、かんざしの玉に……そうです、岩絵の具の青丹(あおに)――もしかして、お客さんは絵描きさん? ああ、やっぱり。その玉がかんざしに見えたって仰ったし。よく見るとあしがなくて玉だけでしょう? なんでだか、絵描きさんにはかんざしに見えるんですよ。そういうのを、わたしらは「小梅さんが呼んでる」って言ってますけど。小梅さんは、そのお軸に描いてある芸者さん。綺麗な人でしょう? ふふふ。悪口は言ったら駄目ですよ、小梅さんに怒られます。
この絵は小梅さんの旦那が、若い絵描きさんを連れて来て描かせたんですよ。ところが……小梅さんは絵描きさんを好きになってしまったんです。絵描きさんだって、慕われれば悪い気はしませんが、道ならぬ恋です。しかも、絵描きさんは純で隠しごとができないお人だったので、すぐに旦那に知られ……忍ぶれど色に出でにけりわが恋は……追い出されて、行方知れずです。その日から小梅さんは魂が抜けたようになってしまい、雪の朝に、自分の首の後ろを銀のかんざしで突いて、はかなくなりました。この絵の、島田の髷の横のところに見えてる緑の玉のかんざしで……と言われています。だから、ここに飾ってあるのも玉だけ。でも、お軸を掛けたら玉も対で置かないと、小梅さんが拗ねるんです。ガラスが鳴るくらいですけど。怖いことはないですよ。ヤマが盛んだった昭和の初め頃のことだし、その頃はこのあたりの温泉宿も大賑わいだったそうです。
さ、廊下は冷えますから、お部屋へどうぞ。
怖くなんかありませんよ。お客さんが絵描きさんでも、やましいことをして逃げて来たのでなければ。