鳥語花香録

Umiyuri Katsuyama's weblog

ドント・ブリーズ

フェデ・アルバレス監督の『ドント・ブリーズDON'T BREATHE を、現代デトロイトを舞台にした怖い映画くらいの認識で観に行ったら、スーパーナチュラルの要素のあるホラーではなく、スリラーだった。
先年の同じ時期に観た『イット・フォローズ』(デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督、デトロイト郊外を舞台にしたホラー。イット=それに感染して魅入られると、歩くスピードでそれに追いかけられるようになる。追い付かれると殺されるので逃げ続けるしかなくなり、力尽きると残忍に殺される)の印象に引っ張られたせいだろう。
デトロイトで貧しい若者たちが家屋不法侵入と窃盗を繰り返していた。ある晩、盲目の退役軍人が一人で暮らす家への侵入に成功するが、この男は腕力と聴力が並外れており、不用意な物音や呼吸音をたてることは即ち死を意味することを彼らは侵入してすぐに知ることになる。男の家から無事逃げ出すことが出来るか、というのが『ドント・ブリーズ』のあらすじ。
この窃盗グループにロッキー(ジェーン・レヴィ)という若い女がいる。貧困家庭の子女で、母親は頼りにならず、幼い妹を連れてデトロイトを出たいと願っており、最後の大仕事を成功させようと侵入した家で怖ろしい目に遭う。そこには最初から犯罪に手を染めなければいいのにと安易に片付けられない切実さがある。ちょうど、宇佐美まことの新刊『愚者の毒』(祥伝社文庫)を読んでいたところだったのだが、作中にロッキーのような境遇の人物が登場した。悲惨さ、守るべき弟妹の数でロッキーを上回るが、なんとしても生き延びたいという必死さは同質である。少しまえの日本では公的な福祉制度が整っていないため、貧しさから抜け出そうにも地縁や血縁が軛(くびき)になって、憲法で保障された就労も修学も結婚もまったく個人の自由にならなかったことを、貧困の呪いというべきものを宇佐美まことは生々しく描く。その筆致は端整で、美しい景色も汚物も、そこのあるかのようだ。
(三部構成の本書の第一部で二回くらい驚かされた。構成も巧みなミステリ)
(カバーに描かれた二人を星野源満島ひかりで演じてもらって映画化希望)

愚者の毒 (祥伝社文庫)

愚者の毒 (祥伝社文庫)

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