鳥語花香録

Umiyuri Katsuyama's weblog

蜀は終わらず

 上海の地下鉄2号線に乗ったら、車内のつり革すべてに同じ広告が付いていた。
”蜀来 蜀去” 蜀不完
(蜀来たり、蜀去る。 蜀は終わらず)
中国語がわからない日本人にも意味が推測しやすいコピーで印象に残った。蜀菜、つまり四川料理の宣伝だったので、上海では四川料理が流行っているか、誰かが流行らせようとしているのだと思った。それでついうっかり、四川レストランに引き寄せられた。
 デパートに入ってる、着席してから注文するやや高級店(気軽な食堂は食券を買ってから、席に着く)。案内されたテーブルの隣は、東京の繁華街を歩いていても違和感がないような若い男女四人だが、皿はあらかた空いて、そろそろお開きの頃合いのようだった。
 青島ビール純生を注文。緑の大瓶に入ったビールをグラスで飲みながらメニューを熟読して、ヒヨコ豆のチキンスープ(小碗)と、芥子菜のソテー、子羊肉の四川風グリルを注文する。色々食べたいが、量が多いと思われたので少なめにした。芥子菜を食べていると、子羊が運ばれてきて、息を飲んだ。大皿に山のように積まれた骨付きの肉。日本の上品な店なら六人前くらい。これが一皿かと驚いていると、隣のテーブルも皿を見て驚いていた。しかしいきなり「すげーな」と言わないだけのたしなみはあった。たしなみはあったので、遠慮して「ヒ……ヒツジ?」「ヒツジ。あれヒツジだよね。なんだっけ、ラム」と男性二人が日本語で話しだした。外国語で話せばわからないだろうという気遣いが裏目に出て、こともあろうに日本語。気になるが聞こえないことにして、肉に集中して食べ始めた。長方形に切られた骨付き肉。最初は箸で食べていたが、箸が骨で滑るので手で食べた。肉は辛味が利いてかなりいける。肉にはよく火が通り、歯ごたえがあった。ミルクしか飲んでいない子羊とか、海辺の放牧場で塩の付いたハーブを食んで育った羊ではない感じがした。
 ビールをチェイサーに、羊の脂はヒトが食べても脂肪になりにくい、ダイジョウブダイジョウブと念じながら、一頭分ほどの肋肉を食べた。

 翌朝、目が覚めたら体から羊脂の臭いがした。
 蜀は終わらず。