鳥語花香録

Umiyuri Katsuyama's weblog

ILC誘致のための地質調査説明会

  ILC誘致のための地質調査説明会  勝山海百合

 安定した花崗岩の岩盤が広がる北上山地に超線形大型加速器国際リニアコライダーを誘致することを目的とした地質調査を行うため、岩手県奥州市の公民館で住民を対象にした説明会が開催された。会場には高齢の男性を中心にした数十人が「おらほでなにすんだべ」という興味から集まった。説明後に質問を募ると既に説明した事柄について聞かれたが、講師は丁寧に回答した。
「……ほか質問はございませんか」
 講師が最後の質問を促すと、「はい」と手を挙げる人がいる。おかっぱの髪が白い、年配の痩せた女性に見えた。講師は三十年前、小学生のときに通っていた珠算塾の先生が年を取ったらこうなるのではとふと思った。
「ILCだば、高速に加速した電子と陽電子を衝突させて、ビッグバン直後の状態を再現するそうだども、そうなったら、宇宙の始まりにもどったりしねだべか。おらだちはみんな、なかったことにされるんだべか」
「えー……」講師は油断をしていたので答えるのに間が空いたが、「それはありません」と答えた。「大丈夫、ご心配なく」
「そうでがんすか――」
 女性は安心したように頭を下げた。「だば掘らせっかな」と呟くのを聞いた者もいた。
 説明会に参加した高橋勇三は、家に帰ってから、最後に手を挙げた小豆色の半コートを着た女性がクマガイサチヨ先生に違いないと思えて仕方なかった。昭和十九年、今でいう小学校の弁当の時間には、食前に神への祈りの言葉を唱えることになっていた。
「かけまくもいともかしこきおおみかみ とようけひめのおおみかみ……」
 校内放送が流れるなか、サチヨ先生は黒板にその言葉を書いた。放送で読み上げられるよりも早く、しかも楷書で書くのを見て勇三は神業だと感心したものだったが、あれから六十八年経つのに七十歳くらいにしか見えないことは疑問に思わなかった。〈了〉

http://d.hatena.ne.jp/michikwai/20130208/1360323026
二〇一三年二月、第三回みちのく怪談コンテスト投稿作。