鳥語花香録

Umiyuri Katsuyama's weblog

へんぐゑの猫

只野真葛の「真葛がはら」所収の怪談「へんぐゑの猫」現代語訳と、その要約の英文を、はるこんの「只野真葛と『奥州ばなし』の怪異」で配った資料に掲載した。以下はその全文である。
「奥州ばなし」の不思議な話とは異なり、時代も登場人物の名前も明らかではないが、スケールが大きく、真葛のお気に入りの一篇と思われる。読みやすいよう改行を入れた。


  へんげの猫 (「真葛がはら」所収)

 昔、この御国の高貴な君にお仕えする女房が、長く病んでおりまして、今日か明日かと気を揉むばかり、悩ましいことでありました。それが、なんということもなく、ただの一夜のうちにすっかり快復して、四、五日だというのに御前にも出仕してまいりまして、ほんの少しもつらそうなところがありません。顔も満月のようにつややかで、肌もふっくらしているのを気に留める人もおりませんでした。
 君は、「こんなにも重く病んだ人が本復するときは、日を重ねてじょじょに良くなっていくものなのに、たった一夜ですっかりよくなるとは、これはなにかあやしい」とお思いなりましたが、その気配もお出しなさらずに、この人の様子を気に留めつつ、召し使っていらっしゃいました。
 それまでは、さほど賢いわけでもない女房でしたが、病気のあとは、気が利くようになり、思慮深くなり、お湯を持ってこさせようと思えば、言いつけるまえに先立って持って来て、中庭に下りてみようかと思えば、表情にも出さないうちに、さっと走り出しておくつを取って揃えます。また、あの文章のあの部分を読んでみなくてはと考えると、素早く御厨子を開けながら、見つけ出して差し上げたりし、何事も言いつけなさらぬうちに、あらかじめ知っていて、満足していただけるよう仕えておりまして、君は人ではなかろうと思いながら、三年ほどもそばにおいて召し使っておられました。
 この君は、どういうわけか厠を遠ざけることがお好みで、ひとけのないほうに離して造らせて、長く細く檜皮葺きの屋根を架け、踏み石を据えて、お厠に通うようになさっておりました。ある晩、この女房が一人寝ないでおそばに控えておりましたのを、夜も更けてから起き出させて、お厠に同道させました。女房は、灯りを持って先に立って参ります。お入りになり、お厠の戸に小さな穴があったので、そこから垣間見したところ、この女房、喉のあたり、むくむくと毛が生えているさま、確かに猫だとご覧になりました。「本当にそうだ。あやしいとずっと思っていたことだが」とお思いにはなられましたが、なにも気付いてない様子でお厠をお出になり、「灯りを持て」とおっしゃれば、女房がかしこまって先に立ったところを、後ろから一打ちにお打ちになりますと、二つに分かれて倒れました。御手づから灯りをお取りになって、御寝所に帰って横になられましたが、それを知る人はおりません。このようなへんげの物に謀られたりしていたからでしょうか、起きているはずのお付きの者も、眠りほうけていました。
 早朝になって御前に人が出仕してきたので、君は微笑みなさいながら、「ゆうべ、不思議なことがあってな。猫を切ったのだ」とおっしゃいます。
 そう言われた人はひどく驚いて、「どちらでお切りになりましたか」と聞けば、「厠の道にあるだろう。行って見よ」とおっしゃる。顔色やしぐさはいつもとすこしも変わることがございません。急いで行ってみると、昨晩宿直【とのい】でお仕えした女房が、切られて倒れており、ますます驚き惑い、同輩に小さな声で、「君はご乱心なすったのかも知れない。しかじかのことがあった」と、不穏なことだと思って告げたところ、すぐに話は人の口を伝わって、われもわれもと騒ぎだし、とかく言いようがありません。
 君は、姿が変わっていないと聞いて、「やあ、手を触れるでない。いまに日が高くなるのを待ってから見よ」とお指図し、人をおいて見張らせました。
 いかにも、日が差し掛かるにしたがって、氷や雪が解けるように、小さくなるかと見えたものの、巳の時【午前十時】になると、すっかり猫になりました。人ひとりの姿は消え失せ、猫があるだけになりまして、着物はまるで用をなさないほど余り、裳裾の端で包んでしまえるくらいになりました。「うまく装い、着ていたものだ」と、あやしみあったそうです。この死骸を筵に包んだところ、引き延ばしたように垂れて、頭と尻尾の付いたところは、前後からはみ出ていました。たいへん年を取った大きな猫であったそうです。
 その女房の住んでいたつぼね【邸内にある個室】の、床の板をはがしてみたところ、女房その人はずいぶんまえに食われてしまったようで、骨がごろりとありました。
 このことが明らかになったのち、人はやかましく様々に言い立てましたが、女たちは自分が猫に食われていたかもと恐れおののきました。君は、なにかあやしいとはお思いでありましたが、御心の底にひそめておられ、ついに正体を見破りなさること、凡人の及ぶところではありません。たいへん勇ましく、賢くあらせられる君であると、古き人が語り伝えましたのを、聞いたままに書き残します。


  "Henge-no-neko" 

(A Shapeshifting cat) digest: a story from Makuzugahara by Makuzu Tadano


Once upon a time, a court lady had suffered from a serious illness. However, she somehow completely recovered overnight.
She made a difference in her health and even became more attentive than ever before.
The master nobleman got suspicious of her and kept his eye on for another three years.
One night, he got into the restroom and she waited outside. Then he was finally assured that she actually was a shapeshifting cat by fur on her neckline, peeking through a hole on the door.
He got outside pretending not to know and slew what looked the woman when she showed her back to him. He then got back to the bed.
In the next morning, the people were horrified to assume he got mad until her body turned back to a big cat when it received sunlight.
They then tore up the floorboards of the woman's room to find her skeleton hidden there.
The nobleman became known for his discretion and valor. I wrote down this tradition faithfully as I heard.