鳥語花香録

Umiyuri Katsuyama's weblog

へんてこバービー漂流記 ―「さいはての美術館」を読む―

 ユキミ・オガワの短編「さいはての美術館」The Portrait of a Survivor, Observed from the Water by Yukimi Ogawa を読んだ。翻訳した(『SFマガジン』二〇二四年四月号掲載)。普通に小説を読むよりも丹念に、単語単位で行きつ戻りつして読んだため、脳内にくっきりと像を結んだことがある。これは嫉妬の物語だ。


【ここから先は、「さいはての美術館」の内容に触れます】

「さいはての美術館」扉絵

 舞台は小さな惑星に建つ美術館。登場するキャラクターは、おもに〈あなた〉と〈彼女〉、それに〈学芸員〉。
(あなたとあるが、これは高い視点からキャラクターを描写しているだけで、読者であるあなたのことではない)
 読み始めるとすぐにわかるが、〈学芸員〉はすでに故人である。〈あなた〉はロボットで、〈学芸員〉亡き後の美術館を維持管理して何百年、千年ほどになる。〈彼女〉は遠くから潮の流れに乗せてあなたと美術館に必要なものを、美術館にほど近い岸辺まで送っている。そしてこの美術館は、芸術品・美術品を積載した宇宙船が航行不能に陥ったとき、同乗の〈学芸員〉が救難信号を出すことより、芸術品を独占することを選んだことによって出来たものだとわかってくる。〈彼女〉は宇宙船のAIで、船は大きく、その大きさに見合うだけの知識と理性を併せもった存在だが、〈学芸員〉が美術館を建てるとき、一緒に連れて行ってもらえなかった。彼が選んだのは命令に従うアシスタントロボットの〈あなた〉で、彼の高い美意識を満足させるような美しい姿をしていたと思われる。
 バービーたちが暮らすバービー・ランドが舞台の映画『バービー』(グレタ・ガーヴィク監督、二〇二三年)には、へんてこバービー Weird Barbie が登場する。バービーはマテル社の着せ替え人形、子どもが遊ぶことを念頭に作られた玩具なので、乱暴に扱われることもある。へんてこバービーは髪を切られたり、落書きされたりしたバービーのことだ。〈学芸員〉が生きていたときはともかく、〈あなた〉がその後も何百年も稼働しているとしたら、辛うじて毎日の作業をこなす、ぼろぼろの機体なのではないか。それこそへんてこバービーのようになっていても不思議ではない。
 高い知性をもつ〈彼女〉は、〈学芸員〉の巡らした障壁によって芸術品が隠されており、長い時間をかけてその仕組みを取り除いたと説明できるだろう。その事実の中に、〈彼女〉は〈あなた〉が十分に醜くなるまで稼働させていたと考えることができる。もちろん、事故調査委員会などで証言することがあれば、〈彼女〉は「時間がかかったので仕方なかった。あの機体は残念だった」と答えるだろうけれど。
 自ら望んだわけでない美術館への奉仕、妬まれて島流し。へんてこバービーも難儀である。(最後にそっと抱き上げてくれる人がいるあたり、へんてこになっても、可愛いらしさの片鱗があったのではないかと想像もする)
www.hayakawa-online.co.jp