鳥語花香録

Umiyuri Katsuyama's weblog

『第五の季節』感想

 N・K・ジェミシンの『第五の季節』THE FIFTH SEASON by N.K.Jemisin(小野田和子訳、創元SF文庫)を読んだ。
 最初のページの、まだ物語すら始まっていないエピグラフに胸を衝かれる。
 
 ほかの誰もが無条件で受けている敬意を、戦い取らねばならない人々に

 N・K・ジェミシンはアメリカ人作家であるが、女性で黒人であることを意識すると、アメリカでの黒人差別の横行や、多くの黒人が貧困に追いやられ脱出できない社会構造があることを思い出さずにはいられない。この本を手に取っていたまさにその時、BLM(Black Lives Matter、黒人を殺すな)のデモが全米各地で行われていたというのもあって、ひときわ重たく鋭く響いた。

 本書『第五の季節』は三部作の最初の一冊に当たる。震災によって、数百年に一度文明が滅ぶ地球が舞台である。人類はこの天災に対応するため、書物や石碑、口承で生き延びる方法を人々に伝えており、常に来るべき災害に備えている。そして、この世界には地球内部の動きをコントロール出来る、特殊能力オロジェニーをもつ少数の人間がいる。この能力者はオロジェンと呼ばれ、尊重され、同時にひどく恐れられている。ロガという蔑称もある。
 物語は、女が幼い息子を殺され、嘆き悲しんでいる場面から始まる。息子がオロジェンなことが夫に知られてしまい、殺されたのだ。血を分けた自分の息子でも殺してしまうほど忌まわしい能力。この能力を持つ者は、ほんの気まぐれで大地震を起こすし、制御しきれずに地を裂いてしまうのだ。息子の亡骸を埋葬した女は、姿を消した夫と、夫と一緒のはずの娘を追う旅に出る。
 次の章では、田舎の村で暮らす嫌われ者の少女の元に、都会から男がやってくる。オロジェンの少女に能力を有効に使えるよう訓練を施すためだ。自尊感情の低い少女は、話し方が丁寧な男と一緒に行くことを選ぶ。選んだようでいて、彼女に他の選択肢はない。村にいたままなら、遠くない未来に殺されることは、読者は既にわかっている。
 本書は、女性が奪われたものを取り戻そうとする物語であり、少女の成長物語で、たいへんに面白い。そしてこれは人権を奪われ、能力を搾取される少数の人々の犠牲の上に成り立つ社会の物語でもある。
 オロジェンに生れた子どもが、能力を操れるようになった暁には、公務員として技量に応じた俸給と住居が支給される。とはいうものの、敬して遠ざけられ、隙あらば貶められ、能力は都合の良いように使われることも明らかになる。オロジェニーは遺伝するので、オロジェン同士で性交し、子どもを設けることが推奨されているが、そこには愛情はない。あるのは義務だけだ。
 この物語の世界では、人類はあまりにしばしば滅亡の危機に瀕するため、女性の権利は男性と並んでいる。子どもを産む女性を蔑ろにすることは、復興を遅らせ絶滅への道を進むことになるからだ。肌の色や髪の色は、ルーツや出身地を判断する材料になっても、そのことであからさまな差別はされない。その代わりにあるのはオロジェン差別、管理による能力の搾取である。
 女性差別、黒人差別はないが、別の差別はある皮肉。
 しかし、オロジェンを管理する以外に、人類が滅びない方法があるのだろうか。そして女は娘を探し出せるか? 
 次巻が待たれる。


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